西谷信広公式ブログ

いやなことから逃げまくって学んだこと

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適当を絵に描いたような人生

自分の身に降りかかる問題は、親、教師、学校、社会、そして政治が悪いと決めてかかっていた10代。
時々思い出す、バカだった自分のこと。年末にきて、またまた思い出してしまった。
なんでも自分が正しいと思っていたわけだ。すべてはまわりの問題で自分には落ち度なんかないんだと。

でも、ある日、気付かされることになる。

長い時間かけて何も達成しなかったけど...

それなりに楽しかった小学校から高校時代

今思えば、「いやいや。お前が悪い場合のほうがはるかに多いだろ」と思うことも、高校生の私には
周囲が悪いと思えた。

小学生の6年間は遊んですごした。中学は義務教育だし問題なくあがり。中学から高校は受験しないと
いけないから、勉強しないといけない。しかし、これがおどろくほど、何もしなかった。
高校は滑り止めに入学。偏差値の高い高校を受ける人にとってのすべり止めが第一志望だから、現実的に
捉えると、滑り止めなんて呼べる高校は一校もなかったのだが。

高校でも、バイトとバイクに明け暮れた日々を過ごした。まったく勉強というものに縁がなかった。
当然、親にはえらく心配をかけることとなった。

小学校6年間。そして中学高校の6年間。じつに12年間にわたり、これ以上やらないやつがいるのか?と
思うほど机にむかわなかった。

でも、楽しくは過ごしていた記憶がある。バイトも面白かったし、バイクはなにより最高だった。
友達もいたし。将来の事なんてなにも考えていなかったけど、楽しかった。

勉強はしなかったけど学んだことはある

先生の適当さや、社会の閉塞感は、やっぱり若いととても強く感じるもの。ある種、若さの特権かな。
頭の中で色々な思いや悩みが渦を巻くから、知らず知らずの内に書物に逃げ場所を求めた。だから、
本はけっこう色々と読んだ。ロシア文学、日本文学、アメリカ文学などなど。軽い読みものも読んだ。

興味は文学に留まらず、いつしか政治学へ。閉塞感の根幹は、日本の政治に問題があるのではないか。
そんなことを漠然と思ってたようだ。勉強はしないが、社会をいつか変えたい。そんなことを思うように
なったのは高校の頃だ。

感受性だけは鋭く、だから色々と読んだし、学びもしたわけで、学校の勉強以外の学びはけっこう
あったわけである。だから、学生の本文を実行しないことが正当化されるわけではない。
ただ、アホなわたしの部分だけでもなかったわけだ。自分がのめり込んだ分野については、思考する、
という活動を一生懸命やっていたわけで、この点は、今思い返してもよかったことだとおもう。

大病して知る、愚かさ

20歳の時点でも、あいも変わらずフラフラしていた。あのままだったら今頃どうなっていたのかは、
考えるだけでも恐ろしい。

そんな冬のある日、大病をした。といっても病名は水疱瘡。しかし、この病気は大人になってからかかると
死ぬこともある。だから、私にとっては大病である。隔離病棟で1ヵ月。退院して初めてのチェックアップで
医師から言われたのは、「キミ、あと一週間入院が遅れた毒が脳にまわって、死んでたよ」の一言。

背筋が凍るととも、いままで何やってたんだろう、という気持ち。ある種。お決まりのコースだが。

不健康自慢をしているわけでも、お涙頂戴でもなんでもない。単純に事実を述べているに過ぎない。

他にもきっかけはあったのだが、病気が大きなきっかけとなり、少し真面目になってみるか、という気持ちに
なった。そう思うと、「勉強をしたい」という気持ちがあふれ出てきた。

人生の方向修正を自らの意思でやろうとしたから、いままで一番やっていなかったことに向き合う大切さを、
つよく感じたのだろう。バイトもすべてやめて勉強一直線。受験日まで半年しかなったので、とにかく、
どこでもいいから大学に入ろうとした。めでたく大学に合格。

自らを追い込んでみた

つまらない大学生活

大学にはいったものの、おもしろくない。人生初めて勉強する気になったのに、教授がなぜか来ない、休講、
なるものがある。それもけっこうある。ここから色々とあって、結局、米国の大学進学を目指すことにした。
学生課で休学にしたらどうか、と説得されたが、きっぱりとやめた。今まですべてから逃げ続けた人生だ。
休学にしてたら、もし、米国の大学が合わなかったら逃げ帰るのは目に見えている。

米国にいって語学を一からやり直し。勉強をしていないツケで、Readという単語さえもまともに読めない
ありさま。でも、逃げる訳にはいかないから、とにかく勉強、勉強、また勉強。
10か月後、TOEFLなども受けてついに大学に入学。

あまりに勉強をしていなかったからだろう。脳みそがスポンジの様に吸収することに驚き、そこまで頭が
悪いわけでもなかったことをはじめて知った。気づけば勉強が趣味化していた。

追い込んでみると見える景色があるんだなあ、と、漠然と思った。

社会人になってみて

人よりおくれても社会人生活のスタート。希望というよりも必死だった。このころには人間も多少はマシに
なっていて、社会のために何ができるのかを試してみよう、などと生意気なことを考える様になっていた。
だから、人と比較したり、人に勝ちたいとおもったことは今まで一度もない。なんせ、いい加減かつ適当を
やっても、自分に一番甘いのは自分なので。

寸暇を惜しんで働いて、学んで、仕事の現場から自らのスキルを築いた。だから、本当はもっとできるのに
ある程度のところで手を抜く人を見ると、嬉しくなかった。

わからないことにもトライし続けた。諦める、ということをしなかった。

勤務先の東証一部上場にも大きく貢献できた。うれしかったけど、それ以上の感情はなかった。

なによりのよろこびは、自分が人としてマシになったことだった。

もし、できないことを放置していたら

得意とすることを実行するのは実は難しくない。面倒くさいことから逃げないほうがいい。
逃避していたらきっといまごろ、得意なことに執着し、そのことで高い評価をされないことにくさり、
上司の悪口をいい、いかに自分が正しいかと、これまた執着していたことだろう。
そして、面倒なことには背をむけて、当たり前のことを当たり前にできることの大切さを軽視して
いただろう。

結果は出ていないが、「俺は頑張った」を自慢に、給料をあげてくれ、と上司にいうような、そんな
人間になっていただろう。頑張るのは基本である、なんて考えはなかったに違いない。

遠回りしたけど

振り返ると、驚くほどの遠回りをしたようだ。アホだから自分の人生を軽くみていた20歳までの自分。
変える事の出来ない過去である。しかし、昔があり、間違いに気付けたから今がある。

遠回りもしてみるもんだ、などと、今はかってに思っている。

2018年は、人のつながりを大切にし、助けて助けられる関係を目指したい。アカデミックスマートでは
ない自分を信じて、大変だからこそ前にでられる。そんな年にしていこう。

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